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大阪高等裁判所 平成3年(ネ)960号 判決

控訴人(附帯被控訴人)

京都広告株式会社

右代表者代表取締役

岩本成孔

右訴訟代理人弁護士

村田敏行

被控訴人(附帯控訴人)

今井健雄

右訴訟代理人弁護士

久米弘子

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人(附帯控訴人)に対し、三九九万七二〇〇円及び内三三八万七〇〇〇円に対する平成元年一一月二三日から、内六一万〇二〇〇円に対する平成三年一〇月一七日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

被控訴人(附帯控訴人)の控訴人(附帯被控訴人)が支払うべき賃金の基本給の額について確認を求める訴え部分を却下する。

被控訴人(附帯控訴人)のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを五分し、その二を被控訴人(附帯控訴人)の、その余を控訴人(附帯被控訴人)の各負担とする。

この判決は第二項にかぎり仮に執行することができる。

事実

第一  申立て

一  控訴関係

1  控訴人(附帯被控訴人、以下「控訴人」という。)

原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

被控訴人(附帯控訴人、以下「被控訴人」という。)の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

二  附帯控訴関係

1  被控訴人

原判決を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し、三九九万八八〇〇円及びこれに対する平成元年一一月二三日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

控訴人が被控訴人に支払うべき賃金の基本給が、月額一九万四〇〇〇円であることを確認する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

第二項につき仮執行宣言。

2  控訴人

本件附帯控訴を棄却する。

附帯控訴費用は被控訴人の負担とする。

第二  主張

当事者双方の主張は、次に付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  被控訴人の拡張した請求の原因

控訴人が被控訴人に支払うべき賃金の基本給部分は月額一九万四〇〇〇円であるのに、控訴人は、平成三年一月以降もこれを争い、被控訴人に現実に支払った基本給額は次のとおりである。

(1)  平成三年一月から同年三月まで月額一二万五〇〇〇円

(2)  同年四月から同年九月まで月額一二万六八〇〇円

そこで、被控訴人は控訴人に対し、右支払がされるべき基本給と現実に支払われた額の差額合計六一万〇二〇〇円の支払と、右支払がされるべき基本給の月額が一九万四〇〇〇円であることの確認を求める。

二  拡張された請求原因に対する控訴人の認否

控訴人が被控訴人に現実に支払った賃金の基本給名目分が被控訴人主張のとおりであることは認めるが、その余の事実は否認する。

三  当審における控訴人の主張

1  被控訴人の名目上の基本給は、被控訴人が役員でなくなった際、一九万四〇〇〇円から一四万円に変更されているが、これは名目だけのことである。すなわち、被控訴人が役員でなくなった際、役員手当五万五〇〇〇円を除く賃金を一般従業員に準じて基本給と手当に分割したに過ぎず、被控訴人の給与の総支給額は、役員手当分が減少したに過ぎない。これは、役員には皆勤手当とか食事手当とかいった手当がなく、基本給と役員手当の二本建てになっているため、役員賃金をはずれた場合は他の従業員と同様の賃金とするため総額を各手当に分解しているだけであり、役員でない以上当然の措置である。基本給を一四万円にしたことが不当だとすれば、被控訴人は役員手当五万五〇〇〇円が減額された代わりに五万四〇〇〇円の諸手当が増額され、結局一〇〇〇円の減額に止まるのであって、これはあまりにも不当な結論である。賃金の減少の不当性を論ずるなら、全手当を含む賃金全体について検討すべきであり、控訴人においては、基本給の概念を厳密に用いていたわけでなく、便宜的に用いていたもので、これが厳格な権利性を持つものといえないから、被控訴人が意図的に抽出した名目上の基本給の変遷だけでこれを論ずることはできないというべきである。

2  被控訴人主張の賃金の減少は、昭和五七年一月のことであり、被控訴人が昭和六三年一二月に調停を申し立てるより七年も前のことである。その間、被控訴人は、賃金の明細を知らなかったのでもなく、受領しなかったのでもないし、異議を述べたり、差額の請求をしたこともない。被控訴人は、賃金変化の都度、控訴人の役員からその理由の説明を受けて、その賃金を異議を留めず受領し、冷遇されたと不満をもっても、ふてくされて営業成績を落とすだけの状態で七年間を経過してきたのである。このような経過をみれば、被控訴人は、賃金の減少に黙示の承諾をしたというべきである。

3  本訴提起の二年前までの賃金請求権は時効によって消滅している。平成元年二月二二日の調停申立ては時効を中断するものではない。調停申立てが時効中断事由となるのは、調停成立か、民事調停法一九条により訴えの提起とみなされる場合に限られるところ、本件では調停が不成立によって終了してから本訴提起まで二週間以上経過しているからである。調停に催告の効果があるとしても、その催告から六か月以内に訴訟提起が必要であり、催告は何回繰り返されても、六か月以内に訴訟提起されたものだけが時効中断の効力を有するものである。そうであれば、本訴提起の六か月前である平成元年五月一六日以降の催告のみが意味を有するのであって、それ以前の催告は時効中断事由となり得ないものである。仮に、調停継続中は催告が二年でも三年でも続くとすれば、時効の問題に関するかぎり、民事調停法一九条は無意味となる(同条の訴え提起期間を六か月としたのと同じになる。)。なお、念のためにいえば、被控訴人は、同条の期間内に訴えを提起できたのにあえてその手続をしなかったのであるから、これを保護すべき理由はない。

四  被控訴人の認否、反論

1  控訴人の主張1は否認する。

基本給と諸手当とでは賃金としての基本的な性格が異なる。基本給は退職金計算や年金受給の根拠となり、通常は就業規則の制裁規定によらず減額されることはない。これに対し、諸手当はそれぞれの支給目的を持つものであって変動し得る。したがって、基本給の減額を諸手当で補えば足りるというものではないし、基本給を一方的に基本給と他の諸手当に分解して振り分けられるという法的根拠もない。また、本件において、基本給の減額が諸手当によって補われていたという事実もない。

2  控訴人の主張2は否認する。

賃金は労働基準法上も労働者の基本的な権利として保障されており、不当な賃金の減額が労働者の黙示の承諾というようなあいまいなもので容認されてはならない。

3  控訴人の主張3は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

第一原判決四枚目裏八行目の冒頭から九枚目裏一行目末尾までを引用する。ただし、原判決五枚目表七行目の「原告は」を「被控訴人と」と、六枚目表三行目及び七行目の各「補助金」をいずれも「補給金」と、同四、五行目の「さらに同年三月から役職手当二万五〇〇〇円を加えたものの」を「同年三月には臨時手当を五〇〇〇円、補給金を二万円各減額のうえ役職手当二万五〇〇〇円を加え」と、同裏七行目の「一一万七〇〇〇円」を「一万七八〇〇円」と、八枚目表六行目の「右減額について」を「基本給が一九万四〇〇〇円であることの確認と差額賃金の支払を求めて」と、同一一行目の「前記」から同裏三行目末尾までを「弁論の全趣旨によれば、被控訴人が平成元年二月二二日に申し立てた前記調停については、これによる被控訴人の権利行使の意思の表示がそのころ控訴人に到達したものと認められるところ、前記のとおり、右調停は同年一〇月一八日不調により終了し、控訴人はそれから六か月以内の同年一一月一六日本訴を提起したものである。調停申立てによる権利行使の意思の表示には催告としての効力を認めることができるから、その到達した同年二月二二日ころから二年前の昭和六二年二月以降の賃金請求権の時効は中断されているが、同年一月以前のものは労働基準法一一五条により時効によって消滅したというべきである。」と、同裏四、五行目の「別紙賃金差額計算書記載のとおり三三八万八六〇〇円」を「当判決の別紙一、賃金差額計算書記載のとおり三三八万七〇〇〇円」と各訂正する。

第二控訴人は、控訴人が用いた基本給の概念は名目だけのものであり、被控訴人が役員でなくなった際、役員手当を除く賃金を一般従業員に準じて、基本給と手当に分割したに過ぎないといい、また、右概念は便宜的なものであるから、賃金減額の不当性を論ずるには全手当を含む賃金全体について検討すべきであると主張するので、検討するに、前記認定の事実に、〈証書番号略〉並びに弁論の全趣旨を総合すれば、控訴人においては、基本給と諸手当とからなる賃金体系をとり、賃金台帳にその労働者に支払う賃金について基本給、諸手当の別を明確にして記載していること、各労働者に毎月賃金とともに交付される給料支払明細書にも基本給、諸手当の別を明確にして記載していること、その退職金規定では基本給を退職金算定の根拠としていること、昭和五二年一月以降平成二年一二月までに控訴人が被控訴人に支払った毎月の報酬の基本給、手当の内訳(時間外賃金を除く。)は別紙二のとおりであることを認めることができる。そこで、以上に鑑みるに、賃金は、労働契約に基づいて支払われるものであり、使用者がこれを一方的に減額できるものではないところ、賃金が基本給と諸手当に区分されている場合、諸手当はその支給目的によって支給額の変動が予定されているものであるのに対し、基本給は懲戒等による場合のほか減額されず、基本給と手当の配分の変更は各月の賃金支給額に変動を及ぼすものであり、更には退職金の算定基準とされるなど、労働者の賃金に重大な影響を及ぼすものであるから、使用者が労働者の合意なくこれを一方的に変更することはできないというべきである。本件においては、賃金台帳や給料支払明細書に記載し、退職金算定の根拠とされていることからすれば、基本給を単なる名目だとか便宜的なものであるということはできない。そして、被控訴人は昭和五二年四月以降、基本給として一五万五五〇〇円、諸手当として七万一五〇〇円、合計二二万七〇〇〇円の賃金を毎月受領していたのであるが、昭和五三年二月から役員としての給料を受領するようになった際に、同月分の給料はそれまでと同額の基本給一五万五五〇〇円と、諸手当がなくなった代わりに役員報酬の名目で七万三三〇〇円を支給され、合計は一八〇〇円増額されたに止まり、翌三月及び四月は役員報酬名目の金額が六万八五〇〇円に減額された結果、報酬の額は以前より三〇〇〇円の減額となったものであるが、役員を退任した際に、役員報酬分を全額減額したうえ、それまでの基本給を新たに基本給と諸手当に分割するのは、役員になった際の扱いと均衡を失するといわなければならないし、まして、その基本給を役員となる以前の基本給より低額とする根拠はなく、その基本給の昭和五三年から昭和五六年までの増額の程度を勘案すれば、全手当を含む賃金全体を考慮しても、控訴人の主張は失当といわなければならない。

また、控訴人は、賃金の減額について、被控訴人が黙示の承諾をした旨主張するが、使用者が一方的に賃金を減額したのに対して労働者が不満ながら異議を述べずにこれを受領してきたからといって、これをもって賃金の減額に労働者が黙示の承諾をしたとはいえないのであって、本件においても、被控訴人の黙示の承諾を認めることができないのは、引用の原判決が説示するとおりである。

更に、控訴人は、本訴が調停終了から二週間以上経過して提訴されているから調停申立てには時効中断の効力がないと主張するので、この点について判断を加えるに、調停終了から二週間以上経過して訴えが提起された場合には、右調停申立てをもって訴えの提起とみなすことができないのは、民事調停法上明らかであるが、調停申立てによって、権利行使の意思が表示された場合には、これに催告としての効力を認めることができるというべきである(最高裁判所昭和三五年一二月九日判決・民集一四巻一三号三〇二〇頁参照)。そして、右催告の効力は調停の係属中存続するものと解すべきであり、調停が終了してから六か月以内に訴えを提起することにより、右調停申立てによる権利行使意思の表示が確定的に時効中断の効力を有することになる。これを本件についてみるに、被控訴人が平成元年二月二二日本件差額賃金の支払を求めて調停を申立て、これによる、被控訴人の権利行使意思の表示がそのころ控訴人に到達したこと、右調停は同年一〇月一八日不調により終了したが、これから六か月以内の同年一一月一六日に本訴が提起されたことは前述のとおりであるところ、そうであれば、昭和六二年二月二二日以降に履行期が到来した賃金債権については、その時効は確定的に中断されたものである。控訴人は、このような解釈をとると、民事調停法一九条が時効に関し無意味となると主張するが、同条はその提訴期間内に提訴されたときに調停申立てを訴え提起とみなすもので、調停申立ての前六か月の間に催告があればこれをもって中断事由となしうるものであり、前記のように解したとしても同条を無意味にするものではない。控訴人主張の、被控訴人が同条の期間内に訴えを提起できたのにあえてその手続をしなかったとの点も、右解釈を妨げるものではない。

第三控訴人が被控訴人に対し、平成三年一月以降に支払った賃金の基本給名目の部分が、同月から同年三月までは月額一二万五〇〇〇円、同年四月から同年九月までは月額一二万六八〇〇円であることは当事者間に争いがない。基本給が単なる名目とはいえないこと、基本給としては、月額一九万四〇〇〇円が支払われるべきであることは前述のとおりであるから、控訴人は被控訴人に対し、右差額合計六一万〇二〇〇円の支払をすべき義務がある。

なお、被控訴人は、控訴人が被控訴人に対して支払うべき基本給の額が一九万四〇〇〇円であることの確認を求めるが、基本給の額は賃金算定の計算上の根拠ないしは単なる事実に過ぎず、これを訴訟法上確認の訴えの対象として独立して取り上げるべき法律関係ということはできないから、これを確認の対象とすることは許されないというべきである。

第四以上によれば、被控訴人の請求は、三九九万七二〇〇円(内六一万〇二〇〇円は附帯控訴による拡張部分)及び内三三八万七〇〇〇円に対する平成元年一一月二三日から、内六一万〇二〇〇円に対する附帯控訴状送達の日の翌日であることが明らかな平成三年一〇月一七日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容すべく、基本給の額の確認求める部分は不適法として却下すべく、その余の請求は理由がないから棄却すべきところであるから、原判決を右のとおり変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九二条、八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官柳澤千昭 裁判官東孝行 裁判官松本哲泓)

別紙〈省略〉

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